ドイツ軍のポーランド侵攻からパリ陥落までの間、
フランスは何をしていたのですか?大国のはずなのにあっという間に降伏してしまいます。教えてください。
A:別に何もしていません、と言いたいところですが、まあ有体に言えば開戦準備です。
フランスはドイツ軍のポーランド侵攻と同時にイギリスと共にドイツに宣戦布告していますが、
実際にはドイツに対してすぐさま攻撃をしかけるようなことはせず、
仏独国境では全く戦闘が起っていなかったので、この時期のことは「奇妙な戦争(phoney war)」と呼ばれます。
なんでそんなことになったかといえば、
フランスの国防ドクトリンが防御重視を基本としたものとなっていたからです。
第一次大戦の塹壕戦の経験から、この当時の欧州の国家では攻めるよりも守るほうが有利である、
という発想が厳然たる影響力を持っていました。
歩兵の突撃は機関銃で阻止できる、と考えていた訳で、だからフランスはドイツを攻めるよりも、
マジノ線という要塞の強化を通じて来るべきドイツ軍の侵攻に備えようとしていたのです。
で、そのマジノ線が役に立ったか、ということなのですが、実際には全く役に立ちませんでした。
というのは、ドイツは当時既に航空戦力や機甲師団などを充実させて電撃戦の準備を整えていたからで、
時代は既に攻撃の方が防御よりも優位な段階に入っていたからです。
しかもマジノ線は仏独国境では充実していましたが、仏ベルギー国境では意図的に充実させていなかったため
(ここでマジノ線を充実させると仏がベルギーを見捨てるという意思表明になってしまうため)、
その間隙をドイツにつかれてあっという間に回り込まれ、
仏の誇る要塞線は殆ど防衛の役には立ちませんでした。
そういうフランスの致命的な過ちの結果、パリはわずか一ヵ月半で陥落してしまう訳です。
国防戦略の過ちが如何に致命的な結果を生むか、
ということのこれ以上はないほどの良い例だと思います。
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どこぞの国もwww
のん part831
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2017/12/12(火) 00:23:19.87
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