しかし日本が戦争当事国であるとの理由でドイツとともに出場できず[。
このロンドンオリンピックの女子走幅跳の優勝記録は5m68。
山内は前年6m7まで記録を伸ばし6m台をコンスタントに出していた。

また走高跳でも銅メダルは1m61と山内のベスト記録を下回るものであり、
日本女子陸上にとっても惜しいチャンスであった。

結局、選手としてピーク時にあった3度に渡るオリンピック出場のチャンスは戦争により閉ざされた。
山内は後年、「オリンピックが唯一の励みで頑張っただけに、残念でたまらない。
ただ一つの心残りです」と話した。

山内と古橋広之進がロンドンオリンピックに出場していたら、メダルを確実に獲得していたといわれる。

しかし戦後の混乱期に悪条件を克服しながら次々に樹立した好記録は、
荒廃した世相に明るい光を投げかけ、女子陸上界に与えた功績は大きい