レプロ側が態度を硬化させた最大の理由は、弁護士同士での条件交渉が進んでいた'15年1月、能年が無断で「株式会社三毛andカリントウ」という個人事務所を設立したことだった。この会社の登記には、〈タレント、俳優、歌手、演奏、作曲家、作詞家、編曲家の養成およびそのマネージメントに関する業務〉と明記されていたのだ。