>>6
>多くは国土領域の統合性強化を目標とする政策の一環で行われたことであって

ここで君もネタバレしているように、そもそも公共事業には徳の面と負の面はもともと含まれています。

>田中角栄によるいわゆる分配政治と言われるものは
>三全総

角栄の名前まで出しておきながら、何故そこで「一全総」、「新全総」を無視するかな?
一全総(62年)の時点ですでに地方益、地方活性化は目的化されていたし、
新全総(69年)と、それにもとづく田中角栄「日本列島改造論」(72年)は、
地方分散を目指し、新幹線や道路を整備する事で
地方を工業化、活性化しようとしたものなんですよ?
(結果は一極集中を加速させたが)
これにより、対GDP公共事業費は、70年代を通じて概ね上昇し、
地方への公共事業は、コレを基調に、「79年まで」上昇します。
↓のグラフの推移を見れば、田中の明文化した70年代「地方分散論」の基調が三全総も内包していることは明らか。
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/5165.html