コン「僕が若手時代の頃は、阿波踊りのロケの為に頻繁に徳島へ行かされていたが、
当時はまだ明石海峡大橋や大鳴門橋が架かっておらず、船を2回も乗り継いでいた」

当時は、明石〜淡路岩屋、須磨〜淡路大磯、西宮〜淡路津名、泉南深日〜淡路洲本、
淡路阿那賀〜鳴門亀浦等々、淡路を中心とした多彩極まる発着地やバリエーション
豊かな航路があって、凄まじいほどに殷賑を極めていたな。フェリー乗り場の駐車
場で乗船待ちをしていた大型トラックの台数が呆れるほど多く、それらのトラック
には大抵、CB無線用のコイル巻きのロングアンテナが此れ見よがしに付いていた。

あの頃は確か淡路周辺の沖に、戦時中に米軍の攻撃を受けて沈没擱座した船が放置
されていて、その場所だけが時が止まったかように異様な雰囲気を漂わせていた。
日本ハムファイターズが鳴門でキャンプをしていたのも、丁度その頃だったかな…

コン「徳島県人は阿波踊りの季節になると眉山山頂でセックスをするんですよ!」
コンは新人時代に会社に酷使されすぎて精神が錯乱し、幻覚を見ていたのでは?w