>>791
コン「僕が若手時代の頃は、阿波踊りのロケの為に頻繁に徳島へ行かされていたが、
当時はまだ明石海峡大橋や大鳴門橋が架かっておらず、船を2回も乗り継いでいた」

その当時に車で関西側から淡路島&鳴門経由で徳島市内へ行こうとすると、神戸・
明石・西宮の各港からカーフェリーに乗って北淡に上陸し、淡路島を縦断する形で
主要路の国道28号を直走って南淡まで行き、そこの港から再度カーフェリーに乗っ
て鳴門大毛島の港に上陸するという順路になっていたはずです。

鳴門に上陸後、大塚国際美術館がある大毛島東側の海岸道路を南に走って小鳴門橋
(鳴門競艇場の真上)を渡った先にあるU字型の急な坂を下りればT字交差点に突き
当たるのですが、その付近で国道11号を使って香川の高松方面から来た車と、フェ
リーで鳴門に上陸した関西圏の車が真正面から搗ち合うことになり、年末年始・お
盆・GWの時期には必ず、言語を絶するほどの大渋滞が発生していました。

明石海峡大橋や大鳴門橋がまだ架かっていなかった70年代〜80年代初頭頃は全国的
に暴走族の全盛期であり、関西圏や四国の族は初日の出暴走の目的地として高知の
室戸岬に集結する慣習がありました。なので、大晦日の夜は鳴門付近や徳島市内の
国道で一般車と族の車両が否応なく鉢合わせをして立錐の余地がなくなり、芋の子
を洗うような大渋滞が起き、数時間以上にも亙って一ミリも車が進まなくなるとい
う苛烈極まる状況が常態化していました。