戦時下の植民地台湾における新聞と 帝国日本の言論政策®
J-Stage
https://www.jstage.jst.go.jp/article/mscom/95/0/95_163/_pdf/-char/ja
谷川舜 著 · 2019 — 小林総督と同時に総務長官となった森岡二朗は政友会系であり,
着任するや民. 政党系役人の更迭を図った。森岡が内地から保安課長に引き抜いた橋爪清人 ...
戦時下になって内地で新聞統合が課題となると台湾にも波及し,移入役人の更迭を契機に週刊紙の整理が進んだ。
ところが未成熟だった日刊紙については,総督府が帝国において影響力を伸張すべく独自に拡充を図ると,それにつれ帝国の他の地域との足並みが乱れ始めた。
この時,台湾言論人の意識は朝鮮や満洲ではなく,南支南洋の新聞事業に向けられていたのである。総力戦体制に組み込まれる中でも総督府は言論政策を主導していたが,
戦況悪化で台湾の戦略上の重要性が増すと台湾軍に取って代わられることとなり,指導者層批判の口火が切られたことで,民衆目線の下からの言論を生み出すことになった。
つまり,戦時下の外地は,中央政府と現地軍部の狭間に文官による現地統治機関が存在したために,
大幅な方針転換が生じやすく,その間隙において現状に対する人々の不満が言説化される余地もあったのである。
朝鮮総督府だけでなく,外務省と現地軍部の狭間にあった占領地領事館など,他の諸地域との比較研究は今後の課題としたい。
謝辞
本研究にあたって,毎日新聞社情報調査部より『台湾新報』本社版および『毎日新聞社報』の紙面を閲覧させていただきました。
心から感謝いたします。また本稿は,日本学術振興会特別研究員奨励費(18J14337)による研究成果の一部です。