>>236
『ボランテア』

祖母はそのようなものに対しては人が好すぎると言って非難し冷笑的な態度でした。
その理由は殊更書くまで無いように思われますが、意味を為さす文章となってはいけませんので、それの理由を書けば理解もしやすくなるかと思われます。


戦前、公職に就いておりました。名誉持ちという身分でした。戦後、黙れました。そうして東瀬戸町信用組合から、今在る米穀組合会頭であり、薪炭灯油なども売りました。旅館経営もしておりました。
國に仕えた事もあり、内務省大臣から勅令という天皇陛下から与えられた仕事も幾つかしており、この名古屋市でさえ、曾祖父が作りました。


裏切りがありました。全部権利を失いました。
戦後は誰かしらが大きな顔をして拙い政治を行っております。
銭儲けの街です。

曾祖父は唯、資産を有する者の責務を果たしたに過ぎません。
名古屋の事は知りませんしあまり語りませんでしたので、知らない人はいなかったそうです。
まあ、あまり戦前のことまで書くのはよろしくないでしょうか。
しかし私の故郷に於いては、今でもその事が大事に機能していることが私には解りますし、
とりわけそれに対し、立派であるとか、流石であるとか身内に対しては思う筈もありませんが、今風に言えば没落した家柄の四世です。
曾孫、直系卑属、○○○の玄孫であり、初めての男児ですのでそれはそれは今では理解出来ないであろう程に耽溺されたと思いますし、それ相応の訓練を伴って育ちました。

松原鎌次郎
伊藤鎌次郎
長谷川鎌次郎

室町時代まで遡れますが、もう続きをやるのも厭き厭きしてきました。

言われないと出来ないならば素直に言えばいいのに。
これではDuck Soupだ。


大政翼󠄂贊會から