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小泉政権

2001年(平成13年)の第1次小泉内閣で、経済財政政策担当大臣とIT担当大臣に就任した。

2002年(平成14年)の第1次小泉第1次改造内閣では経済財政政策担当大臣として留任し、また、金融担当大臣も兼任する。

2003年(平成15年)、第1次小泉第2次改造内閣においても留任、内閣府特命担当大臣として金融、経済財政政策を担当。

2004年(平成16年)7月、第20回参議院議員通常選挙に自民党比例代表で立候補し70万票を獲得しトップ当選。

2005年、第3次小泉改造内閣発足時に首相官邸で会見する

2005年(平成17年)9月、第3次小泉内閣においても役職はそのままで再任。

    同年9月、第2次小泉改造内閣において、同年10月、第3次小泉改造内閣においては総務大臣兼郵政民営化担当大臣に就任。

    NHKの完全民営化にも乗り出したが、首相の小泉純一郎が民営化に否定的な見解を示した為、頓挫する。

    2006年(平成18年)9月15日、任期を4年近く残し政界引退を表明。

    同年11月1日、自民党党紀委員会において9月29日に提出していた離党届が了承された。

    さらに同日、慶應義塾大学に復帰することが明らかにされた。

2006年(平成18年)9月15日、任期を4年近く残し政界引退を表明。

     同年9月28日、参議院本会議で辞職許可(これに伴い神取忍が比例繰上当選)。

     同年11月1日、自民党党紀委員会において9月29日に提出していた離党届が了承された。

     さらに同日、慶應義塾大学に復帰することが明らかにされた。

国務大臣の在任期間1980日(2001年〈平成13年〉4月26日 - 2006年〈平成18年〉9月26日)は、

2018年(平成30年)5月29日に2012年(平成24年)の第2次安倍内閣発足時から国務大臣在任中の菅義偉内閣官房長官、麻生太郎財務大臣

     (両者2018年〈平成30年〉5月29日時点で1981日)に抜かれるまでは戦後の連続最長在任記録であった。

小泉政権後

小泉政権後は、

慶應義塾大学総合政策学部の教授[20] のほか、

同大学グローバルセキュリティ研究所所長、

日本経済研究センター特別顧問、同センター研究顧問、

森ビルのアカデミーヒルズ理事長、

関西大学会計専門職大学院の客員教授を務めている[21]。

河野太郎、山本一太、世耕弘成らが結成した勉強会「プロジェクト日本復活」では顧問に就任している。

また、人材派遣業のパソナにて特別顧問を務めたのち、

同社の親会社であるパソナグループの特別顧問を経て取締役会長に就任した。