>>120
深遠と言いますか、とにかく環境という言葉の定義はそれぞれの人の中では様々な印象がボンヤリと思い浮かべる事が出来るとは思いますが、私が思うに曖昧模糊としていると思われます。

『環境問題』、『資源問題』

このような言葉はこの頃は上は内閣総理大臣から自治体、事業者までとても目まぐるしい変化が起きている事を明確に知覚することが出来るような、兎も角、大きな規模で広報活動が行われております。

しかし、この環境という問題、資源という問題を鑑みるに際して、市民はこれらをどこまで深く考察しているのかはイマイチ解りかねる部分があります。

先ず当然のことですが、レイチェル・カーソンは当たり前でしょうし、大気や二酸化炭素排出量を削減するということ自体は良いと思われるものの、イマイチ、それらに対する関心や興味、好奇心は薄いものに思われます。

自然を支配出来るとルネ・デカルトは言いました。それから数百年の時を経て、今度は公害や薬害、自然破壊、原因不明の疾病、難病が増えてきましたし、光害というものもありますし、これはとことん追求するとどうなるのか試したところこのようになりました。