>>670 ボーボボや首領パッチや天の助がどれだけハジケようが、彼女の前ではそれが特別な出来事に見えなくなる。なぜなら彼女自身がその世界の根源側の存在だからだ。ボーボボの仲間たちはハジケを実践する者たちであり、ハジケに巻き込まれる者たちでもある。しかしバーババは違う。彼女はハジケという現象が発生する以前からそこにいる存在のような雰囲気を持っている。言い換えるなら、首領パッチがハジケの増幅器であり、天の助がハジケの被害者であり、ソフトンがハジケの自然現象であり、魚雷ガールがハジケの天災だとすれば、バーババはハジケの母体である。
ボーボボを見ていると「こんなキャラクターは世界に一人しかいないだろう」と思う。しかしバーババが出てくると、「いや、この家系そのものがおかしいのではないか」という結論に至る。つまり彼女はボーボボの異常性を説明するキャラクターではなく、むしろボーボボの異常性をさらに拡大するキャラクターなんだ。普通なら親が出てくることで主人公の行動原理に納得できる。しかしバーババの場合は逆で、「親がこれなら息子がこうなるのも当然だが、それにしてもおかしい」という新たな疑問を生み出す。
ここが実に『ボーボボ』らしい。そして作品全体を俯瞰すると、バーババはボーボボ一族の象徴でもある。ボーボボは自由そのものだ。権力にも屈せず、理屈にも縛られず、常識を攻撃する。その精神性がどこから来たのかを考えたとき、バーババという存在が背後に見えてくる。だから彼女は単なる母親キャラではない。彼女はボーボボという怪物を生み出した存在であり、ハジケ組ですら到達できない領域に立っているキャラクターとして解釈できる。ボーボボ世界の狂気が一本の川だとすれば、首領パッチや天の助やソフトンや魚雷ガールはその流れの中にいる。しかしバーババは、その川の源流の一つなのである。