ここでギガだけが特別視される理由が見えてくる。ギガは困惑して終わらない。認めて終わるのである。『ボーボボ』では、ハジケを理解できないまま敗れる敵は大勢いる。しかし「理解しようと努力し、その価値を認めた強者」は多くない。だからギガは単なる敵キャラクターではなく、「ハジケ組という現象を最も客観的に評価した人物」という独自の立場を持っている。
私は、ギガの役割を他作品で例えるなら、「主人公の異常さを最終的に理解し、その強さを認めるライバル」に近いと考えている。ただ『ボーボボ』では、その「異常さ」が戦闘力ではなくハジケである点が決定的に違う。ギガはボーボボたちに染まったわけでも、完全な仲間になったわけでもない。それでも彼は、「ハジケは理屈では測れないが、本物の強さである」という結論に到達した数少ない人物であり、その意味で『ボーボボ』という作品全体を象徴する観測者のような存在なのである。