>>258
江戸時代に杉田玄白が書いた『後見草』には、何もかも食べ尽くした果てに人の屍肉をすすった飢民の話や、犬の肉と偽って人肉が売られたことなど「天明の飢饉」の光景が記録されている。
地獄絵さながらの惨状を紹介する一方で、著者の杉田玄白は、領内から1人の餓死者も出さぬよう指導力を発揮した米沢藩主上杉治憲(鷹山ようざん)を「賢君」と称えている。
適切な対策を講じていれば被害はこれほど大きくならずに済んだのではないか。
玄白が「賢君」に言及した背景には、東北だけで30万人の餓死、疫病死の大飢饉を招来した領主たちに対する厳しい批判の目があった。
飢饉は天災であると同時に人災でもあったから
江戸時代の地方分権のようにするなら、現代のように地方救済せず切り捨ても必要。