無秩序なアジアンカオスこそ東京の個性 シンボルなのかもしれないね

G-ma流都市論/都市とランドマーク・東京編
http://homepage2.nifty.com/GmaGDW/grw/wcr/wcr001.html

G-maに言わせれば、それは結局のところ、
東京に“インパクトを持ったランドマーク”がないからなのだ。

「東京のランドマークとは何か?」という問いを自身に投げかけた時、考え込んでしまう。
その1枚のグラフィックから、東京という都市を連想できる景観。
都市の個性をリードする“ランドマーク・ポートレート”と呼ぶに相応しい景観が、東京にはない。
あえて言えば、指摘できなくはないが、それでもインパクトは弱いと言わざるを得ない。

超高層好きなG-maにとっては、新宿副都心やシオサイトのビル群は魅力を持つ。
しかしそれを「東京のシンボルですか?」と問われると、首を縦に振れないのも事実。
新宿が日本を代表する超高層街区であることは事実だが、他方今やありふれた景色でもあるからだ。
百歩譲って、新宿を東京のシンボルとして強調するためには、
富士山を借景に含めないとインパクトが弱い……だが、これは変則的だろう。
何故なら、富士山は東京の風景ではないからだ。
“富士山が見える都市”の1つには違いないが、富士山自体は東京の外にあるのだから。
実際問題、東京から富士山が見えるのも、関東山地南部の標高が低いために過ぎない。

あえて言えば、富士山はむしろ“日本のランドマーク”にこそ相応しい。


東京以外の街で東京が宣伝される時、1番使われていると思えるのが東京タワーのカットだ。
新宿が使われるのは、東京の名所を個別に紹介する時ぐらいである。
日本一高い建築物であるとは言え、東京タワーは所詮は貧弱なテレビ塔である。
海外の評論家には「アジアの成金が作ったエッフェル塔のパクリ」と皮肉られたこともある。
高層建築が増え、衛星通信が普及した今、タワー本来の役割も終わりつつある。

それでも東京タワーがシンボルになり得るのは、タワーが東京の近代史を象徴しているからだ。

裏を返せば東京は未だ、1958年に誕生したこの老朽化した塔を、超える景観を持てないのである。
そう言えば、東京都は新たな巨大タワーを計画しているらしいが、
その塔は果たして、東京の新たなシンボルになり得るだけのインパクトを持つのだろうか。