大阪は水運に恵まれた環境で、水運が主流の中世では魅力的な都市だった。
琵琶湖から瀬戸内海まで抜ける水運ルートも魅力だったし、瀬戸内海への玄関口という機能も圧倒的だった。
石山本願寺がそれを活かした水運貿易で発展し、成功したイスラム国のように一大勢力になった。
信長と秀吉がそれを討伐しつつ、その魅力的な環境を奪う形で大阪を乗っ取った。

その後も水運に機能的な都市として大阪は飛躍的に発展したが、近代以降の道路や鉄道など陸運が主流なってから苦しむことになる。
陸運の視点で見ると大阪は西側一面が海で塞がれ、国土軸から大きく外れ、狭い平野に川だらけで街を分断しまくる。水運に便利だった構造は、今じゃ糞不便なだけ。
東海道本線がアホみたいなカーブして梅田に入ってきてるのも、
東海道新幹線が梅田に入れずに新大阪という無駄な駅を建設せざるをえなくなったのも、
名神高速や新名神高速が大阪北部をかすめていくこといなったのに、
全てオワコン水運に特化した不便な地理的環境・都市構造が原因。
大阪は近代以降の物流インフラの革命により落ち目になった。
大阪が衰退するは地理的環境というどうしようもない原因。