>>223
何?あんた、Fラン大学生なのか?
人生オワタなっ!

ま、本物のバカに説明しても分からんだろうが、wikiを少し引用すると
1974年(昭和49年)11月16日 - 東海道新幹線駅新設期成同盟会を結成。
1979年(昭和54年)7月3日 - 期成同盟会が新駅候補地の一本化を愛知県に一任。
1983年(昭和58年)
4月 - 愛知県が新駅候補地の調査をコンサルタントに委託。
10月15日 - 新幹線誘駅誘致安城市民の会結成。
10月18日 - 愛知県が候補地の比較調査結果を公表。
1984年(昭和59年)
1月6日 - 候補地を安城市二本木地区に愛知県が裁定。
2月2日 - 期成同盟会長が岡崎市長から安城市長へ引き継ぎ。事務局を岡崎から安城へ移転。
8月23日 - 市民の会総決起大会に細田吉蔵運輸大臣が視察。
10月18日 - 国鉄が安城市に具体的設置条件を提示。
12月18日 - 安城市が条件を受託。駅建設決定。

設立委員長が岡崎市長だった事からも判るが、もともと新駅は孝田町の248沿いの新幹線と在来線がクロスする所が三河新駅の第一候補だったんだよ。
そのままできていたら岡崎は孝田町と合併して大きく発展していたのだろうが、
トヨタ関連企業が多くトヨタにも近いと言う理屈から安城に決定したんだよ。
名鉄三河線の支線を三河安城駅に繋いでトヨタ様への利便性を図るなどというプランも考慮の1つになっていたはずだ。

結局、ドケチ名鉄が自ら銭を出すわけもなくトヨタへのアクセスは無いまま現在の利用者数ブービーと言うわけだよ!
味噌クソ過ぎて笑えるわなっ!