朝鮮半島南部を倭国が支配していたのは多数の歴史書に書いてある事実である。
百済は倭国系の人々の国であり、新羅も倭国系が支配していた。
同じ倭国系の民族同士であるから頻繁に人々朝鮮半島と日本列島を往来していたのだ。

その後に北方に住んでいたワイ族が新羅に浸食し、白村江の戦いで朝鮮半島から倭国系の人々が完全にいなくなった。
完全な異民族の土地になった朝鮮半島からその後には日本列島に渡来人が渡来した記録がまったくないのは知っての通りである。


三国史・・・・・・・・・・・朝鮮半島南「狗邪」は「倭国の北限」

宋書倭国伝・・・・・・・・・朝鮮半島は倭が支配している

広開土王碑・・・・・・・・・倭国が海を渡り百済と新羅を臣下にした。

日本書紀・・・・・・・・・「391年 神宮皇后が百済と新羅を日本領土とした。」

宋書・・・・・・・・・・・・倭国が朝鮮半島南部を領地にした。

随書・・・・・・・・・・・・倭国は産物も豊かで鉄の鏃で武装した軍隊を持つ。百済と新羅は倭国を大国として敬った。