>>206
続き
精神分析学では無意識が存在するとしてそれを重視して分析の中心に置く。
人間はすべからく「我執」(自分にしがみつくこと)がある、
フロイトは「我執」の中心は性的我執(リドピー)にあると分析したが
唯識では「我執」の本体を末那識という、その末那識のさらに奥に阿頼耶識という
識がある、
阿頼耶識こそが生命の中核であり、「我」よりもさらにその根底にある生命
そのものに執着する、この阿頼耶識の発見こそが唯識論の最大の発見である。