関 一 「道こそ街の動脈」

当時の御堂筋は、道幅6メートル、1.3キロメートルの狭く短い道でした。
その御堂筋を幅44メートル、南北に4キロメートルの道にするという関市長の考えに、
市民は「市長は船場の真ん中に飛行場でもつくる気か」と肝をつぶしたそうです。

しかも100年先を見据えていたという関市長の構想は、それだけに留まらず、
道路の下に地下鉄を走らせるものでした。