産業革命による高度経済成長で大阪は近代都市に成功し、東洋のマンチェスターと呼ばれた
その時代に集団就職や全国各地から人が集まり大阪市の人口が急増したんや
膨れ上がった大阪市の人口を郊外に分散させるために千里ニュータウン、泉北ニュータウンなどの
日本初の大規模ニュータウンを作った
団地の走りやわな
船場豪商の住職分離は大正時代から始まっていて、六麓荘や岡本御影がそうや
それでも富裕層が住む街が足りず、西宮も再開発
そして阪神間モダニズムと呼ばれ大阪富裕層が移り住んだんやな