>>234
ひとつ聞きたいんだが、
「いる」と「おる」との間に、待遇表現上の差異はあるかい?
一番単純なメルクマールは、

「おる」に「はる」を付けることができるか?

たぶんこれが一番単純明快で優れた判断基準だと思う。
もし付けられないとしたら、
越前の「いる」は、明らかに京都滋賀と同じものだと言える。
少なくとも、畿内や滋賀と同じレベルで、東国とは関係がない。
だが、「いる」と「おる」との間に、待遇上の差が無いとしたら、さらに精査が必要となる。
というのは、
「大阪方言」という、微妙な例があるからだ。
大阪は「京都の『いる』」の西限に近い地域で、「いる」「おる」の待遇度の差が曖昧になっている。
大阪人は、「おられる」を苦にしない。更に、「おらはる」と言わないのは口調の問題だけと理解している。
(京都人にとって「おらはる」は、「いらっしゃりやがる」のような、敬語上の矛盾表現)
「いる」の北限の越前の場合も、大阪のように、待遇表現が怪しくなっただけの可能性がある。