>>237
ロドリゲスの記述は、ロドリゲス自身が聞いて感じたものじゃなくて、
当時の都(京都)の人々が感じていた「言葉の正しい地方」(発音やアクセントの違和感の少ない地方)じゃないの?
京都人からすれば垂井式は容易に区別できるはずだから、>>233のような記述にはならないと思う。
五畿内の他にわざわざ越前、若狭と言及していることからしても、
越前の言葉が京の人々にとっても違和感の少ないものだったという情報の確度は高いだろう。

1600年の時点では越前は京都とほぼ変わらない、京阪式と呼べる範囲のアクセントだったんだろう。
その後、江戸時代に入ってからアクセント変化が進み、やがて三国式と呼ばれる型の少ないアクセントになったと思われる。
20世紀に入った時点で、その三国式も曖昧化が進んでおり、さらに福井中心部ではほぼ崩壊していた。
20世紀半ばになると福井市の周辺部にまで広がり、20世紀後半にはさらに周囲も崩壊していって、
今では三国式だった地域はごく周辺部を除いてほぼ無アクセント化するに至った…というところだろうか?

福井中心部で三国式が一番早く崩壊したのは、元々三国式が型の区別がはっきりしない曖昧アクセントだったことに加えて、
周辺の地域からの人の流入や交流があり、様々なアクセントが接触したからだと思う。
交流がありそうな近隣だけで加賀式、垂井式、今庄式、京阪式など様々なアクセントがあり、
具体的な音調も全然違うし対応も複雑だ。ただでさえ曖昧だったところに色んなアクセントの人が来て混乱が起こったんだろう。

よそ者の推測ではあるが、そんなに間違ってるストーリーだとも思わない。