確かに東京式の話者の感覚による一方的な意見かもしれないが、高起と低起の2つの式と、下げ核と上げ核の2つの核からなる体系から
単純化して高起と低起の2つの式の対立が消滅するというのは自然だと思う。
逆に単純化によって核が消滅し西南九州二型式になるのも自然だと思う。

疑問なのは、祖語の高低が逆だったというラムゼー説とかをとらない限り、高起/低起の2つの式と、下げ核と上げ核の2つの核からなる体系から
東京式を導くのが複雑であるにもかかわらず、中国〜九州、東日本などの広範囲に、京阪式および垂井式を囲むかのように東京式が分布している点。
祖体系の上げ核の位置または下げ核の次拍の位置に下げ核が現れる中輪東京式や祖体系の上げ核の位置に下げ核が現れる外輪東京式に変化するよりも、
祖体系の下げ核の位置または祖体系の上げ核の直前か直後の位置に下げ核が現れる垂井式に変化する方が自然だといいたかった。
東京式にあたる位置に核があるなら下げ核(や昇り核)よりむしろ奈良田や埼玉特殊アクセントのように上げ核(や降り核)になる方が自然だと思う。