社会的な成功、プロ、という社会からの認証
こういうものが根本の目標になっているから駄目なんだ
これは作曲家としてどうこうという話ではなく、現在のほとんど全人間に言えること
他者の視点、社会からの要請、こういったものを意識して創作物を形作り、その結果として認められることもあるだろう
しかしそのほとんどが駄目、否定されて、社会から落ちこぼれていく
そしてその挫折を胸にしまい込んで惨めに生きるしかない
コンプレックスになって他者の脚を引っ張ろうとする女々しい人間になる奴もいる
そもそもの目標、プロになるだの、金を稼ぐだの、そういった世俗的な幻想に目標を持ったがための悲劇だ
社会から認められて、親や周囲に認められようという媚びた情けない根性を持つからいけない
表現するということ、それ自体にフォーカスを当て、自分自身を塗り替えてやろうという気概のある創作家が若者にもほとんどいない
認められないなら認められないで、それでいいじゃないか
自分自身の感動や情熱を追って、それを置き去りにし、その次や先へ悠然と進んでいけばいい
その結果社会的に認められることもあるだろうが、そのほとんどは認められずに終わるだろう
しかしそこに悲劇はないし、コンプレックスもない そうか俺は負けたんだという清々しい気持ちがあるだけだ
そうしたらまた次の情熱や感動に続いていけばいい それこそが人間的な充実であり、その他の虚しい条件は一切受け付けないことだ
間違っても社会や周囲や他者に媚びる下卑た精神を持たない事だ
これが分からないのであれば、非人間的な現代社会の要請のために、無数のコンプレックスや挫折が生み出され続けるという悲劇がいつまでも続いていく
そこから抜け出す意思をもてるかどうかが重要であり、同時にそれは孤独で困難を極める闘いに身を投じることでもある