ウンコを味噌(有用物)と誤認するのは必ずしも老人だけではない───

いつのまにかTシャツを着替えたエドが、今度は静かに言う

たとえばエドがフェースブックでもって、仮に、仮にですが、
ウンコを白米に載せて周囲に適当なゴロゴロ野菜をあしらったとする
その写真をアップしたならば、「確定的に」いいねがつくでしょう

それが積極的な「いいね」ではないことは、言うまでもありません
あくまでも消極的なPokeとしての「いいね」です

しかし、一体誰かがこれを「野菜ゴロゴロ・カレー・シチューではない」を見抜けましょうか?

湯気の出る椀に溶かしたそれに、ネギとアボガドを浮かべ、「一風変わった味噌汁」だと主張した際に

オーディエンスはそれを、「いいね」し、場合によっては─────
より”肯定的に反応してしまうのではないか”

それこそ、アボガドという「ひねり」の存在は目くらましの絶好の煙幕

これは、ほのめかしよりも恐ろしい、めくらましである、とエドは再び椅子から立って言う

それら全部がウンコだったことを知るニンゲンはSNSの向こうには一人もいないのだ────

しかし、SNS上の仲良しならまだしも、直に触れた当事者であれば、その匂いをかぎ、一瞬で見抜ける
安心してほしい

諸氏がウンコだと思ったそれは、その直感に相違なく、ウンコなのである

『エド理論』
発論────