日本の葬送曲を作って渋谷スクランブル交差点で演奏――
それは長く胸底に沈んでいた衝動の解放にほかならなかった

信号が変わるたび人は交錯し散ずる
青と赤のシーケンサーに制御された群衆

彼はmicroKORGを取り出し電源を入れた
奏でられる音は、ほとんど街の騒音にマスクされ誰にも気づかれることはなかった

ニッポンの葬送曲はそうして始まった

彼は徐々にカットオフを開いた
桜のつぼみが開くような開放感とすぐに散る別れを表していた

音はふくらみ、そして痩せ、ついに高音だけを残した

それが終わりであった
さようならニッポン――

もうなんの音もしなかった
すべての信号がに赤なり、青が点灯することはなかった
街は大火に包まれていた