■【血の衰弱】■・・wz


‘…宇佐美(毅)の最大の功績は、中道リベラルな思想家で東宮教育参与だった小泉信三と二人で、
様々な困難・反対を押し切って、民間から皇太子妃を迎えたことだった。
そこには《天皇家の血統維持》という、厳しいリアリズムもあった。’
‘…近世になって皇室の乳児死亡率は高く、《万世一系の血》の衰弱は極めて顕著になった。’

【以下要約】
■120代 仁孝天皇の15人の子のうち12人が3歳以下で死亡
■121代 孝明天皇の6人の子のうち5人が早死に
■122代 明治天皇の15人の子のうち10人が3年以内に死亡 成人したのは大正天皇と女子4人
■123代 大正天皇は幼児期から虚弱、48歳で死去 4人の男子を遺した
‘宇佐美や小泉が、民間からの皇太子選びに踏み切ったのは、このような天皇家の《血の衰弱があった》。
これを打開するのには天皇家への新しい《血の導入》が必要だ。白羽の矢が立ったのが美智子妃だった。’
‘民間からお妃選びをするという方針を伝えられた昭和天皇は、共同通信の「皇太子妃特捜班」によると、
生物学者だけあってすぐに納得されたといわれる。’

【以下要約】
それを裏付ける証拠がある
東久邇信彦(昭和天皇の初孫)は昭和天皇から直接、以下の《結婚の条件》を突きつけられたと証言
■1.両親が健在
■2.私(昭和天皇)の家系に近くないこと
■3.相手の家にガン系統がないこと
■4.病気や犯罪のない健全な家庭の人であること
「この条件に合っていれば、後は誰でも君の好きな人でいい」