お下劣な詩を見て「お母さんには見せられない」という感想を抱く女子がいる
一方で俺はまったく違う感想を持っていた
ニーアに対して具体的な説明をしないのは、このお下劣な詩に対する反応が複数あるように、プレーヤ自身の様々な解釈に委ねたいからである
ニーアという作品を通して自分自身を見る楽しさに気づいてほしいってことなんじゃねーのかな
知らんけど