>>194
元来は「北大路主水之介玉五郎」が「姓・(東官位)・名前」の順だった筈。
で、北大路家から伝手を伝って中村家に養子に入って、北大路から中村に姓が変わった。

江戸時代は名前(真名)をそのまま呼ぶのは大変失礼だし忌むべき行為である場合もある位なので、
基本官位(武家官位)で呼び合う。
これは「奥勤め(朝廷)では同じ官位を持つ人間はいない」という慣例に沿ったもので、故にその
官位で呼べば当該個人を名指ししたのと同じになるから、って理由だったりする
(TV「大岡越前」で初期のエピソードに忠相が能登守から越前守に遷任するエピソードが有るのは
その為(相役の中町奉行が同じく能登守だったから))。

だから、普段「中村さん」と呼んでいるのはそれなりの敬意を払っているし、「八丁堀」と呼んでいるのは
やはり仲間意識を示すものだったりする
(何気に市松みたいに最後の方まで「八丁堀」と呼んでないのはその辺の距離感の現れだろう)