>>683

小林は、玄洋社のあった福岡の生まれ。A級戦犯で絞首刑になった広田弘毅も福岡の生まれで頭山を崇拝する
アジア主義者だった。戦後、中国に親近感を持つアジア主義者といえば、左翼と反射的に考えるが、戦前は、右翼に
多くいた。戦前の右翼と左翼は、大アジア主義、反アングロサクソン、反資本主義で共通項があった。
大川周明は、「私は、資本家特権階級を糾弾し、一君(天皇)万民(階級のない万民平等)を目指すという意味では、社会主義だ」
という意味を述べている。北一輝の「国体論、及び純正社会主義」でも同じようなことを書いている。
戦前、右翼と左翼のアジア主義者は、統一戦線を組むようになり、欧米の国際秩序から脱して、中国大陸、東南アジアを取り込み
自立する為に「大東亜戦争」を起こし、日本を悲劇のどん底に叩き込んだ。話が長くなったが、「一水会」とは、戦前の右翼アジア主義の
流れを汲む団体のようだ。最近になり、戦前のように左翼アジア主義者と統一戦線を組むようになったと個人的には思っている。
小林が、一水会から影響を受けたかどうか分からないが、小さい頃から大人達から玄洋社のことを聞いていたことも関係あると思う。
広田弘毅がそうだったらしい。「戦争論」と「大東亜論」は、一体のものと思っている。「東亜新秩序」という「大東亜共栄圏」をプロパガンダ
する為だ。9・11の時にその正体を表したということだ。小林の反米に異を唱える者が多く、戸惑ったと思うよ。
何故なら、小林の一周り上の世代は、戦前の「英米本位の平和主義を排す」という近衛文麿と同じ反欧米観を持っていた。若い世代も同じだと
考えたはずだ。安保闘争の熱気は、蘇るはずだと信じていたと思うよ。