何かいつも、自分の周りにある経験談からの話で恐縮してしまうが、このスレの話題に近いので書き込みます。
ある宗教団体から脱会した人の話だが、脱会した後、何ヶ月かは、言いようのない淋しさが付きまとうそうです。
音楽を聴いたり、TVを見たりしても、どうも気が乗らない。宗教関係者は、以前は、頻繁に来ていたのに今は、来ない。
それ以外の人は、自分が宗教団体に所属していたので倦厭している。これが、「孤立、孤独」かと思うようになった。
しかし、社会活動していると人間関係というのは、増えていくものらしい。宗教団体の教義から解放された精神は、
普遍的で普通の健全な人間関係を作る。その時に分かったそうだ。宗教団体にいた自分は、実は、グローバルなものから
孤立していたのではないだろうか? 宗教団体という村社会で、回りから包囲され、単独自主防衛で教義という鎧を着て、身構えていたのではないか?
そんなようなことを語っていたのを思い出した。