【産経抄】先送りは人間の業なのか 4月20日


 落語に出てくる泥棒は、間抜けと相場が決まっている。
「やかん泥」の一席も例外ではない。
ある屋敷の台所に親分が忍び込み、盗んだ品を外にいる子分に手渡す手はずとなった。

▼間抜けな子分は、釜や鉄瓶、金だらいを受け取るたびに大きな音を立てる。
奥にいたご隠居は、さすがに泥棒に気がついた。
てらてら光る頭にむこう鉢巻きをして、ぬうっと顔を出す。
それを見た子分の一言がオチとなる。「親分、今度は大きなやかんだ」。

▼新潟県佐渡市の博物館で、金塊のレプリカ5個が盗まれた。
犯人は本物と間違えたらしい。
本物とレプリカとは、やかんとご隠居の頭くらいの違いがある。
同じケースに展示されている本物の銀塊3本には、手がつけられていなかった。
1本で210万円相当の価値があるというから、間抜けな泥棒に違いない。

▼神奈川県が保有していた故棟方志功さんの版画作品は逆に、何者かによってカラーコピーのレプリカとすり替えられていた。
本物は、県民ホールの開館にあわせ県が棟方さんに制作を依頼し、昭和49年に300万円で購入したものだ。
平成26年に開かれた展覧会で来場者が指摘して、すり替えが発覚した。

▼どうして3年間も公表せず、放っておいたのだろう。
「落語とは人間の業(ごう)の肯定である」。故立川談志さんの名言の一つである。
すぐに警察に盗難の被害届を出すべきだった。
もっともそうなると、失態が明るみに出てしまう。
関係者が悩んだ末に先送りしていたとすれば、これこそ「人間の業」そのものではないか。

▼作品を保管していた財団の専務理事の言い訳にも、まるで落語のような滑稽な味わいがある。「ホールのどこかに、本物があると思って探していた」。
あるわけないでしょう。