【産経抄】ヒジで軽く突っついて、難問解決 11月1日


 オランダ・アムステルダムの空港で、約40年前に始まった試みである。
男子トイレの小便器の排水口近くに小さなハエの絵が描かれている。
利用者はそれを目標にすると注意力が高まり、粗相も少なくなる。

▼空港によれば、飛沫(ひまつ)の汚れが80%も減った。
このアイデアは今や、日本を含めて世界中に広がっている。
人々に強制することなく賢い選択へと導く、こんなちょっとした工夫を「ナッジ(Nudge)」と呼ぶ。

▼本来は「ヒジで軽くつつく」という意味である。
米シカゴ大のリチャード・セイラー教授が、行動経済学の先端理論を政策提言に生かすために使い始めた。
セイラー教授が今年のノーベル経済学賞を受賞して、改めて注目されるようになった。

▼著書の邦訳『実践行動経済学』(日経BP社)には、こんな成功例が紹介されている。
テキサス州当局は、ハイウエーに散乱するゴミに悩んできた。
市民の義務を果たすよう訴えても、効果がない。
そこで地元のアメフトチームの人気選手に協力を求めてテレビCMを作った。
選手たちがゴミを拾い、空き缶を素手でつぶしてこうすごむ。「テキサスを汚すと怒るぜ!」。
スローガンは流行語になり、ゴミも激減した。

▼日本でも、社会をよりよくするためにぜひ活用したい。
たとえば、美容目的で医師から医療用保湿剤の処方を受けるケースが後を絶たない問題である。
化粧品を購入するより安上がりだというのだ。
年90億円を超える医療費の無駄遣いとなる。

▼危機感を強めた健康保険組合側は、保湿剤を保険適用外とするよう提言している。
ただそうなれば、保湿剤のメーカーにとって大きな打撃となり、必要としている皮膚炎の患者に届かなくなる。
今こそ「ナッジ」の出番である。