産経抄 1月6日
国民に高い人気を誇る日本のマラソン界にも、夜明け前の時代はあった。日本が初参加した1912年ストックホルム五輪にこぼれ話がある。マラソン代表に選ばれた選手が辞退を願い出た。「荷が重過ぎる」と。
▼選手団長の嘉納治五郎は、意を尽くして翻意を促している。欧米との差を埋めるため、誰かが捨て石にならなければならない。「日本スポーツ界の黎明(れいめい)の鐘となれ」。
この一言で世界と戦う腹を固めたのが、今年のNHK大河ドラマの主人公となる金栗四三である。
▼レースでは炎暑に苦しみ、26キロ付近で意識を失った。棄権した金栗は「行方不明」の扱いとなり、現地では「消えたランナー」として語り継がれている。「人笑わば笑え。(中略)恥をすすぐために、粉骨砕身してマラソンの技を磨き、もって皇国の威をあげん」。
▼レース翌日の日記にそう書き留めている(『金栗四三』佐山和夫著)。肝をなめるような執着が、箱根駅伝を生んだ経緯は多くの方がご存じだろう。昨年、相次ぎマラソンの日本記録を更新した設楽悠太、大迫傑の両選手は、箱根路を跳躍台にしたランナーである。
▼どんな分野であれ、世界と渡り合う前段には数多の挑戦がある。死屍(しし)累々と築かれた敗北の山があり、それを乗り越えた先にしか夜明けはない。金栗が残そうとしたのは、記録ではなく、捨て石を恐れぬ意気に貫かれた「人」だろう。その足跡に教わることは多い。
▼「行方不明」の55年後、金栗はストックホルムでの記念行事に招かれゴールテープを切っている。記録は「54年8カ月6日5時間32分20秒3」。ゴール後の所感が伝わる。「長い道のりでした。
この間に…6人の子供と10人の孫に恵まれました」。公私に「人」を残した人である。
産経抄ファンクラブ第250集
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2019/01/06(日) 08:57:46.25ID:j21St4jr0
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