産経抄 3月2日

 マスクがいまだに手に入らない。仕事柄テレワーク(在宅勤務)というわけにもいかない。新型コロナウイルスに感染していなくても、通勤電車でせきやくしゃみが出てくることがある。エチケット通りに袖に口を当てても、周囲の冷たい視線は変わらない。

 ▼マスク不足が問題になりはじめたころ、昭和48(1973)年のトイレットペーパー騒動を思い出していた。発端は第4次中東戦争をきっかけにして、日本を襲った石油ショックである。ガソリンや灯油など石油製品の価格は急騰した。

 ▼やがて、トイレットペーパーがなくなる、との噂が関西を中心に広がった。買い占めなどによる混乱は全国に拡大していく。同じ動きは、やはり石油に直接関係のない砂糖や醤油(しょうゆ)などにも波及した。

 ▼そのトイレットペーパーの品薄説が、インターネットやSNSなどを通じて、再び拡散している。理由として挙げているのが次の2つだ。「マスクの製造にトイレットペーパーの材料が使われている」「中国からの輸入が止まる」。どちらも間違っている。

 ▼まず、マスクは「不織布」、トイレットペーパーは「パルプや古紙」と、原材料が異なっている。ほぼ100%の国産品でもあり、新型ウイルスの発生源である中国の影響は受けない。
もっとも、デマと分かっていても、スーパーやドラッグストアの売り場から商品が消えたと聞かされれば、不安を抑えきれなくなるものだ。

 ▼根拠のない無責任な噂を流言と呼ぶ。評論家の清水幾太郎によれば、中国の古典『荀子(じゅんし)』や『史記』にある古い言葉で、「一片の流言はよく国を傾けることが出来る」(『流言蜚語(ひご)』)。
人類にとって流言はウイルスと同様、果てしなく闘いが続く存在のようである。