産経抄 3月31日

 お笑いのプロフェッショナルは、実生活では寡黙な人が多い。平成元年にインタビューした志村けんさんも、例外ではなかった。

 ▼ザ・ドリフターズの付き人からメンバーに昇格すると、たちまち子供たちのアイドルの座に駆け上がった。
超のつく人気番組「8時だョ!全員集合」が終了してからは、自らの名前を冠したコント番組でもお茶の間を沸かせた。東村山音頭やヒゲダンスから、バカ殿、変なおじさんまで、大ヒットしたギャグやキャラクターは、すべて志村さん自身が生み出したものだ。

 ▼朝から晩までネタを考え続け、寝入って見た夢まで、枕元のメモ帳に書き込んだ。自宅にある数千本の映画、ドラマのビデオは、カメラ割りから音楽の使い方まで、コントの参考にする教材だった。お笑いの製造現場の過酷さをぽつりぽつりと語る姿が、印象的だった。

 ▼「第2のおやじ」と慕ったドリフのリーダー、いかりや長介さんは晩年、ドラマの名脇役として活躍した。「人に笑われるのが好きなんですよ。
素顔のままでドラマに出るなんて恥ずかしい」。そう話していた志村さんに、どんな心境の変化があったのだろう。山田洋次監督の「キネマの神様」で、映画初主演が決まったばかりだった。

 ▼「趣味はない」と公言する志村さんのストレス解消法は、毎晩欠かさない酒である。その分食事では油ものを控え漢方薬を試すなど、健康には人一倍気を配ってきた。現在もテレビのレギュラー番組2本を抱え、NHKの朝ドラ出演も予定していた。

 ▼70歳にして、ますます仕事に手ごたえを感じていたはずの志村さんの命をあっという間に奪ったのが、新型コロナウイルスによる肺炎だった。あらためて恐ろしい感染症だと思い知る。