産経抄 9月6日

 人にはそれぞれ「母語」がある。〈幼い頃に自然と身につけた最初の言語〉と手元の辞書にあり、作家の井上ひさしさんは〈お母さんや愛情をもって世話をしてくれる人たちから聞いた言葉〉(『日本語教室』)と滋味に富んだ語釈を残している。

 ▼大方の人は、井上さんの解説に二重丸をつけてうなずくはずである。英語で「マザータング(母の舌)」と書くことを思い合わせれば、母国語との違いもよく分かる。中国・内モンゴル自治区に生まれた文化人類学者の楊海英氏にとって、母語はモンゴル語である。

 ▼小紙『話の肖像画』をご覧になった方は覚えておられよう。同自治区では1974年から数年間、モンゴル語が禁じられた。楊氏は中国語教育の下で小学生時代を過ごしたという。揺りかごの中、母の背中で覚えた言葉が奪われる。少年の痛みは察するに余りある。

 ▼約40年を経て、内モンゴル自治区の小中学校では中国語を使った教育が再び強化されつつある。国語や歴史などの教科書が中国語教材に切り替わり、小紙のルポによれば授業のボイコットが広がっているという。子供たちが偏った教育で歪(ゆが)められないか気にかかる。

 ▼言語の統制をとば口とした少数民族の洗脳には、ほかに新疆ウイグル自治区などの例もある。独裁国家にとって都合のいいように人々を作り替える恐ろしい作業が、教育の名を借りて行われている。それが狭い海を挟んだ大国の実相であり、隣人としては許し難い。

 ▼無理強いの言葉で学ぶ歴史が、体制側の嘘で塗り固められたものであろうことも想像に難くない。子供という柔らかな粘土を鋳型に押し込む手口は、いずれ独自文化の衰退につながろう。「文化のジェノサイド(大量殺戮(さつりく))」とは楊氏の憤りである。