産経抄 1月8日

 1860(万延元)年5月、幕府が海外に送った初めての使節は、米ワシントンに滞在していた。一行にとって見るもの聞くものすべてが驚きである。

 ▼「魚河岸のようだ」。使節の副使を務めていた外国奉行の村垣範正は、連邦議会議事堂を訪れた際の印象を日記に残している。議事進行役の副大統領に対して、議員たちが身ぶり手ぶりも激しく大声でののしっている。議会制度をまったく理解していない村垣は、活気あふれる日本橋の魚市場を連想したようだ。

 ▼一方の米国民にとってチョンマゲ姿の一行の一挙手一投足が面白くて仕方がない。現地の新聞は、一行が議場から去ると、議場から大爆笑が起こったと伝えている。160年たって、連邦議会のありさまに日本人はもう一度驚き、いやむしろあきれることになった。

 ▼連邦議会に暴徒が乱入して、複数の死者が出た。まさに異常事態である。現地時間の6日午後、バイデン前副大統領の大統領選勝利を確定させる上下両院合同会議が行われていた。いまだ敗北を認めないトランプ大統領は、ホワイトハウス前で数万人規模の集会を開き、「議事堂に向かおう」などと支持者をあおっていた。

 ▼米南部ジョージア州で実施された上院2議席の決選投票で、民主党が2議席とも勝利した。これで下院に続き上院でも多数派となる。本来なら安定した政権運営が見込めるはずだが、今回の混乱は米国の分断の深刻さを改めて世界に示した。

 ▼「かの国は、重い職にある人は、そのぶんだけ賢うございます」。同じ時期に米国に渡った勝海舟は老中に日米の違いを聞かれてこう答えている(『明治という国家』司馬遼太郎著)。民主主義のお手本だった国が賢く振る舞わないと、世界はいよいよ危うい。