産経抄 2月3日

 平成24年に95歳で亡くなった女優の山田五十鈴さんは長年、東京の都心にある帝国ホテルで暮らしていた。1人暮らしの山田さんは「意外に合理的なのです」と語っていた。

 ▼まず仕事場である劇場に歩いて通える。お手伝いさんを雇い自家用車を維持する費用を考えると、けっして割高ではない。問題があるとすれば食事だった。山田さんは炊飯器を持ち込んで、洗面台をキッチン代わりに使っていた。

 ▼山田さんのライフスタイルが広がっていくかもしれない。帝国ホテルが客室の一部を改修して、来月から専用のアパートに切り替えるという。希望者には食事などの定額サービスを提供し、洗濯機や電子レンジを備えた共同利用スペースも設ける。料金は約30平方メートルの部屋なら30泊で36万円。お得といえるのか、小欄には見当もつかない。

 ▼帝国ホテルは明治23(1890)年に日本初の本格的な都市ホテルとして誕生した。当時の欧化政策の産物だった鹿鳴館と同様に、海外の要人の迎賓館としての意味合いが強かった。

 ▼その後は日本を代表するホテルとして、海外の著名人を数多く受け入れてきた。ハリウッド女優のマリリン・モンローが新婚旅行で来日した際、記者の「夜は何を着てますか」との質問に「シャネルの5番」と答えたエピソードも帝国ホテルが舞台である。評論家の大宅壮一に「『観光日本』の一枚看板」と呼ばれたこともある。

 ▼もっともコロナ禍の影響で全国のホテルが稼働率の低迷に苦しむなか、帝国ホテルも例外ではない。「結局現状維持は取りも直さず、自分が退歩する勘定になるのである」。初代会長の渋沢栄一が残した言葉の一つだ。苦境を打開するために新サービスに打って出る。渋沢も諒(りょう)とするだろう。