3月20日(土)朝日新聞東京版朝刊読書面・平田オリザが読む古典百名山

小林多喜二「蟹工船」   現代に通じる過酷な労働

十九世紀末に産声を上げた日本の近代文学は、一九〇〇年代にほぼ完成を見て、
大正期には爛熟の時を迎えた。一方、日本国は第一次世界大戦で漁夫の利を得て
一等国の仲間入りをしたが、分断が進み社会の不安は増大するばかりだった。
度重なる戦争は国民に大きな負担を課したが、しかしその恩恵は一部の者にしか
行き渡らない。

大正デモクラシーが幾多の分裂の後に共産主義運動、地下活動へと変容していくように、
白樺派に代表される大正文学の人道主義もプロレタリア文学へと形を変えていった。
小林多喜二の「蟹工船」は、その代表的な作品だ。

本作では、北洋の蟹漁の船内の過酷な労働と、その労働者たちが団結に目覚める過程が、
生き生きとした描写で描かれる。東北の農家の次男、三男を中心に北日本の食い詰め者
たちが、目先の賃金に吸い寄せられるように集められ、北の海の地獄へと送り出される。
命の値段は水に漂う木の葉のように安く、人々はあっけなく死んでいく。

(続く)