3月19日(日)朝日新聞東京版朝刊オピニオン面・耕論「長老の役割って」より

宝田明さん 俳優   潔さと演じる喜びの間で

4月で87歳になります。60歳をすぎるころから、戦争の悲惨さや平和への思いを
伝え続けています。そろそろ語っても許される年齢になったと思ったからです。

俳優にとっては、考えが「右」の人も「左」の人も大切なお客様です。だから
ノンポリを装って、口を封じてきました。ただ私は少年時代を旧満州で過ごし、
戦後はソ連兵の銃撃を受け、彼らの略奪や暴行を嫌というほど目撃した人間です。
スッテンテンから始めて、過分の人生を送ってきたので、分別くさく黙っているのは
やめました。

誘われて、2016年の参院選出馬を表明しましたが、結局は辞退しました。
急に新しい世界に飛び込もうとしたら嫌な思いをすることがあったし、若い人に
道を譲ろうとの思いもありました。

世代交代は必要です。私もセリフが覚えられなくなったり、滑舌が衰えて2階席の
お客様に伝わらなくなったりしたら、潔く俳優という仕事をやめるつもりです。
もういいだろうと自分も周りも感じたら、フェードアウトするのだろうと思います。

一方で、お客様が来てくれるなら、演じ続けたいという気持ちもあるのです。
81歳になって、戦争体験をもとにした音楽朗読劇「宝田明物語」を始めました。
上演中、客席が白っぽくなることがあります。お客様がハンカチを目に当てる。
このうれしさがある限り続けたい。潔さとの兼ね合いは微妙な感じです。

(続く)