3月31日(水)朝日新聞東京版朝刊オピニオン面・耕論「この春 君に贈る言葉」より

澤地久枝さん ノンフィクション作家   冷静さと考える力 養って

私は90歳になりました。新型コロナウイルス感染症のニュースを見ていて、若い人に
伝えたいことがあります。

日本が第2次世界大戦に負けた1945年8月15日、中国東北部(満州)で女学校の
3年生だった私は、学徒動員で陸軍病院で働かされていました。44年から授業は
なくなり、1カ月の開拓団への住み込み奉仕など「お国」のために働いていました。

私は「軍国少女」で、戦って死ななければならないと真剣に考えていました。負ける
など夢にも思っていません。

当時の人々が病気にどんなに無防備で無策であったかを知って欲しいと思います。

それまでも法定伝染病があり、私はその一つ、しょうこう熱にかかっています。幼い
弟たちは疫痢と髄膜炎で亡くなりました。伝染病が日常的にある社会で、予防薬は
なし。ペニシリンなど抗生物質が登場するのは戦後、数年たってからです。

当番制で父が伝染病の人の救援に行くとき、絹で細い袋を縫って樟脳をつめて、首や
手足にくくりつけました。敗戦後の満州ではシラミを介して伝染する発疹チフスが
流行し、その予防策としてです。毎朝、講堂から運び出されるソリには、着衣を
はがされたやせた人が積み重ねられ、裏山に運ばれていきます。発疹チフスの
死者でした。

(続く)