3月31日(水)朝日新聞東京版朝刊オピニオン面・耕論「この春 君に贈る言葉」より

西村賢太さん 小説家   不幸? それは比べるから

コロナ禍で若者がかわいそう? 何も命を取られるわけじゃなし。そんな風に思うのは
過保護な気がします。

僕は11歳の時に父親が性犯罪で懲役刑になり家族は瓦解。「何かを築いても、突然
全部崩れる」と学びました。偏見は必ずある。これで自分はまともな就職も結婚も
できない。人生の計画とか目標とか持っていても仕方ないと気付いたんです。

中学を卒業した2日後に、家を出ました。高校には行っていません。友人もいません
でした。極貧生活で、銭湯にも行かず、金に追われる暮らしでした。

金がないっていうのは、本当にきつい。心底みじめな思いをするものです。
忘れられないのは、17歳の頃に仕事から帰る電車賃がなくて10キロ近く歩いた時の
物乞い行為です。運悪くたばこも底をつき、道ですれ違う人に「1本ください」って
言ったんですね。3人に声をかけたら、3人ともくれた。いずれも目には哀れみの
ようなさげすみの色が、はっきりとありました。

「いつか、いい日がくるよ」なんて言ってくれる人はだれもいなかったし、僕も思って
いなかった。夢も目標もなく、その日を生きることに必死で、気付いたら40を過ぎて
いました。無計画であることと、必要に迫られたことをまかなうこと。あったのはその
二つだけでした。

(続く)