産経抄 8月8日

人の世に春夏秋冬があるように、「名人」と呼ばれる人にも黄昏(たそがれ)時は訪れる。噺(はなし)の途中で言葉がつかえた八代目桂文楽は、「勉強し直してまいります」と言って高座を降りた。表舞台に戻ることはなかったという。

▼影を引く後ろ姿はいつの世も胸を打つ。体操の内村航平選手もそうだった。東京五輪の鉄棒で落下し「僕はたぶん、もう主役じゃない」。どんな名手にも逆らえぬ時の流れがある。姿を拝んだことはないものの、五輪の神様が世の無常を教えてくれたようでもある。

▼五輪のメダルには、双翼を持つニケ神の姿が刻まれている。気分屋で知られる女神は、ときに勝負の無情も教えてくれる。陸上男子400メートルリレーでは、正確さで鳴らす日本のバトンパスに綻(ほころ)びが出た。「これもスポーツだと思う」とは山県亮太選手の嘆きである。

▼スケートボード女子パーク決勝をご覧になった方は、神様の粋な演出もご記憶だろう。金メダル最有力とされた岡本碧優(みすぐ)選手が最後の大技に失敗した直後である。肩を落とすその人にライバルたちが駆け寄り、抱擁の輪が広がり、敗者の顔に涙交じりの笑みが咲く。

▼痛みへの共感。勇気への賛美。戦友との連帯。神様が伝えたかったものは、何だったろう。長く尾を引く余情は、いまも胸の中を去らずにいる。若者たちの歓喜と涙、数々の名場面と言葉を残して東京五輪が閉幕を迎える。これほど心を動かされた夏は記憶にない。

▼「海の神様、ありがとう」も印象深い。波打ち際で深々と頭を下げた、サーフィン銀メダルの五十嵐カノア選手である。コロナ禍にも膝を折らず、東京に集った全ての若者たちがこの夏の勝者だろう。誰かに何色かのメダルを届けねばならなかった神様の、苦労の跡がしのばれる。