産経抄 2月6日

都市国家が栄えた頃の古代ギリシャでは、オリンピック競技会の勝者を「神の恩寵(おんちょう)を受けた者」としてもてなす風習があった。栄冠に見合った厚遇を怠れば、都市に災いが降りかかる。そう信じられていたらしい。

▼競技会で手に入れた盛名を、保身の質草にした例もある。アテネ生まれの人、キモンは政治的対立で祖国を追われ、流浪の身でオリンピックの戦車競走を連覇した。その殊勲を僭主(せんしゅ)ペイシストラトスに譲り、帰国を許されている(岩波新書『古代オリンピック』)。

▼選手の手柄を為政者の偉業にすり替える手口は、二千数百年を経た現代の五輪でも変わらぬようである。北京冬季五輪が「選手のための大会」と言われてうなずく人はいない。中国・習近平政権を権威付けるための仕掛けにすぎないことは、開会式が物語っていた。

▼「外交的ボイコット」の打撃もものかは、プーチン露大統領ら強権国家の首脳で埋まった貴賓席が何よりの証拠だろう。先端技術を用いた映像美やトーチの先に頼りなく揺れる炎を聖火台に据えた演出など、かの国に不釣り合いな繊細さに目を奪われてはいけない。

▼聖火リレーの最終走者を務めたのは、ウイグル族の女性選手だった。このような腹芸を臆面なくできる肝の太さに、習政権の地金を見る思いがする。「ゼロコロナ」もまた、強権の下でしか実ることのない果実であろう。壮大な政治のショーはあと2週間ほど続く。

▼選手への応援は惜しまないが、興奮に顔を火照らせる中で、人権問題やコロナ禍を拡散させた咎(とが)をうやむやにしてはなるまい。北京を開催都市に選んだ国際オリンピック委員会の不手際も、長く記憶にとどめる必要があろう。権威主義との戦いにおいて、忘却ほど罪なものはない。