2月13日

幼いわが子が安らかな寝息を立てている。りんごの色をした頰に、父はこう語りかけた。〈奈々子/お父さんは お前に/多くを期待しないだろう〉。詩人の吉野弘さんが長女に贈った『奈々子に』の一節である。

▼詩は続く。〈ひとが/ほかからの期待に応えようとして/どんなに/自分を駄目にしてしまうか/お父さんは はっきり/知ってしまったから〉。だから自分自身を大切にしなさい―と。「奈々子」にわが子の名を重ね一語一語をかみしめた親御さんもおられよう。

▼国を代表して戦う人ゆえ、〈ほかからの期待〉に応えようとすることは仕事の一つなのだろう。大きな飛躍のためには、批判の北風に耐える時間も要るかもしれない。そうだとしても謝るべき「罪」がどこにあろう。SNSに悲痛な投稿をしたその人が気に掛かる。

▼自身への声援と支援に対し「深く失望させる結果となってしまった事、誠に申し訳ありませんでした」と記したノルディックスキー・ジャンプの高梨沙羅選手である。北京冬季五輪の混合団体で規定違反のスーツを着たとして、1回目の大ジャンプが無効となった。

▼表彰台を逃し、悄然(しょうぜん)とする背中に胸を痛めた人は多いはずである。素人の管見を承知の上でいえば、追い風も向かい風も、浮くも沈むもスポーツの常ではないか。失意の底で見せた2回目の好飛躍は、眼福の一語に尽きた。テレビ桟敷の外野の身には感謝しかない。

▼いまは耳をふさいだままであろう人に先の詩の結びを贈る。〈お前にあげたいものは/香りのよい健康と/かちとるにむづかしく/はぐくむにむづかしい/自分を愛する心だ〉。心の平衡を犠牲にしてまで、全てを一人で抱え込むことはない。一日も早い心身の回復を。そう願う。