6月9日

昭和49(1974)年は、大きなニュースが多かった。佐藤栄作元首相がノーベル平和賞を受賞して、長嶋茂雄選手が引退、元日本兵の小野田寛郎さんが帰国した。

▼第4次中東戦争による原油価格の高騰と狂乱物価もはずせない。ただし東大大学院教授の渡辺努さんによると、オイルショックと狂乱物価には因果関係がない。当時のインフレの原因は、貨幣の供給過剰だった(月刊「文芸春秋」6月号 狂乱物価「悪夢のシナリオ」)

▼ガソリンをはじめとして食品から衣類まで値上がりが相次いでいる。ロシアによるウクライナ侵攻のせいだと思いがちだが、世界で発生しているインフレの犯人はやはり別にいた。新型コロナウイルスの大流行が供給体制に大きな打撃を与えたからだという。

▼日本の場合、インフレとは逆に物価が上がらない「慢性デフレ」に、1990年代後半から苦しんできた。欧米諸国は今回のインフレを抑え込もうと金融を引き締めている。これに対して日本は慢性デフレから脱却するために、金融緩和政策を続けざるを得なかった。そのために進行した円安は物価上昇の材料にもなる。

▼そんなややこしい状況のなかで、日銀の黒田東彦総裁が集中砲火を浴びている。「家計の値上げ許容度は高まっている」。講演の中の発言が問題視され、昨日撤回に追い込まれた。黒田総裁が根拠として挙げたのが、渡辺さんが行ったアンケートである。

▼値上げを歓迎している消費者がいるとは思えないが、問題の本質は別にある。日本の喫緊の課題は、いかにして物価の上昇を賃上げにつなげて経済を活性化するか、である。渡辺さんは論文の中で、物価に関する正しい知識を社会で共有して冷静な議論を、と呼び掛けていた。