6月10日

駆け出し記者の頃、あるベテラン女優へのインタビューを思い立った。芸能人の人名録で番号を調べて電話を入れた。マネジャーにかけたつもりが、本人が出てきて驚いた。事務所ではなく自宅の番号だった。

▼昔の新聞を開くと、著名人の引っ越しを伝える記事には、ご丁寧にも新しい住所まで書いてある。もちろん、プライバシーを重んじる現在では考えられない。それでも自宅の場所を調べ上げる方法はいろいろあるらしい。

▼芸能人やスポーツ選手の空き巣の被害もしばしば報じられる。確かにテレビの生放送や試合の日程が公表されると、留守の日が分かってしまう。世紀の一戦も狙われた。

▼7日夜、プロボクシングの井上尚弥選手(29)は、フィリピンのノニト・ドネア選手(39)をわずか264秒でキャンバスに沈めた。日本選手で初めて、WBA、IBF、WBCの3団体王座統一を果たしたことになる。その決戦の前、会場のさいたまスーパーアリーナに入った後の午後4時半ごろの犯行とみられる。神奈川県内の自宅に何者かが侵入して、貴金属やブランド品のカバンなど十数点を盗み出した。

▼明治の文豪、夏目漱石の家も泥棒に入られた。もっとも1週間ほどたって警官が窃盗犯の逮捕を告げに来た。連れてきた若い男も刑事だろうと考えてお辞儀をしたら、当の泥棒だった。「うまうま泥棒に入られるだけあって、迂闊(うかつ)千万な話です」。漱石の妻、鏡子が口述した『漱石の思い出』にあるエピソードだ。盗まれた夫婦の衣類はきれいに縫い直されて戻ってきた。なんとも「ありがたい泥棒」だったと振り返っている。

▼井上選手宅の空き巣狙いは、快挙に泥を塗った。こちらは本人がネットでつぶやいた通り「胸糞(むなくそ)悪い話」である。