6月21日

詩人で作家の森崎和江さんが綾さんと知り合ったのは、お互い結婚して間もない頃だった。ある日呼び出されていっしょに産婦人科の内診室に入った。綾さんは中絶するというのだ。

▼「せんせい。この人に、いんばいをみせるのよ。いんばいとはね、三代にたたるんです。産みません」。綾さんの養母であるおキミさんと実母は、ともに10代で朝鮮に売られた「からゆきさん」だった。その血を受け継ぐ子供を産めないと訴えていた。

▼森崎さんは、日本統治時代の朝鮮で生まれた。福岡県の女子専門学校に「留学中」の17歳で終戦を迎えた。植民地で育った後ろめたさを感じつつ、異国でしかない日本での暮らしになじめずにいた。そんな森崎さんは、綾さんの告白に大きな衝撃を受ける。境遇はまったく違うとはいえ、同じく朝鮮からの帰国者である。

▼森崎さんはやがて子供とともに筑豊の炭鉱地帯で暮らし始める。女性鉱夫の聞き書きや炭鉱争議の記録などを発表していた。綾さんとの出会いから約20年後、満を持して取り組んだのが「からゆきさん」だった。

▼明治時代から主に九州北部の村々から多くの娘が朝鮮や中国、東南アジアへ娼婦(しょうふ)として売られていった。「からゆきさん」と呼ばれたおキミさんらの人生と当時の時代背景を綿密な取材で浮かび上がらせ、昭和51年に刊行されるとベストセラーになる。「悲惨な女性史として書いたのじゃない。苦しくても他人への愛情を捨てなかった人たちに共感した」。あるインタビューで語っている。

▼50代から福岡県宗像市に居を構えてきた。玄界灘の向こうには、なつかしい朝鮮半島がある。韓国との文化交流にも熱心に取り組んできた森崎さんの訃報が届いた。95歳だった。