7月3日

蚕の幼虫はクワの葉を食べ、口から糸を吐いて繭を作る。もとはクワコという近縁の虫が人に飼い慣らされ、蚕になったとされる。養蚕の発祥は中国で、その歴史は6千年以上と古い(『絹の東伝』布目順郎著)。 

▼人間のもとで長い春秋を経た蚕の生態には、同情を覚えなくもない。野生のクワコは、かごの中に入れると外に逃げようとする。蚕は腹筋が退化し、木の枝をよじ登ることさえできない。環境への順応と言えば聞こえはよいが、一度失ったものは簡単には戻らない。 

▼繭の中で育つものも、国が違えば姿形まで変わるものらしい。自由。民主主義。法の支配。多くの国が「普遍的な価値」と認めてきたものが、かの国では異物の扱いを受ける。民主派を弾圧し、言論の自由を踏みにじるなど数々の暴虐を生んだ一党独裁の繭である。

▼この言葉も、異形の繭の中で育った怪物とみるべきだろう。英国からの香港返還25年を記念した式典で、習近平中国国家主席は「一国二制度は成功した」と述べた。50年保障されたはずの高度な自治は、半分の月日で「中国化」という蛇に食い尽くされた観がある。

▼ここ数年で選挙制度はねじ曲げられ、批判的なメディアは口を封じられ、価値あるものは一掃された。学校教科書からは「民主派排除」などの記述を削除する自主検閲が進んでいる。世界の投資を呼び込んだ国際金融都市も、その活力たる「自由」は見る影もない。 

▼同じ価値観を分かち合う国として、日本が沈黙してはなるまい。さりとて、にせ物の「一国二制度」の下で本音を押し殺した人々が繭を作るとき、その中には何が育つのだろう。「愛国者による香港統治」(習氏)という名の悪い夢であろうか。外に孵(かえ)したくはない未来である。